クラシック音楽の全体イメージは都市のようなもの

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クラシック音楽に定義はありません。

そのためクラシック音楽の全体像はとても分かりづらいです。

そこで、クラシック音楽とは何なのか?という話を、少し抽象的な視点からしていきます。

 

クラシック音楽は都市である

クラシック音楽とは都市(都会)のようなものです!

などと言われたところで「音楽が都市とかわけが分からんわ!」って言いたくなりますね( ̄▽ ̄;)

まずは都市とはどういうものか、というお話からお付き合いいただけたら幸いです^^;

 

都市とは、人、もの、文化の集約地点であり拡散の起点である

日本では東京という都市に多くの人が集まります。

学びにくる学生もあれば、芸人やミュージシャンを目指す人もいて、仕事でくる人もいる。

学び終えて故郷に帰る人もいれば、地方巡業に回る人もいて、転勤で別の地域へ行く人もいる。

都市というのは外部から様々なものを取り込み、送り出す機能があります。

 

人以外にも、物や文化も都会は取り込み拡散します。

例えば、僕の住む福岡の名物である豚骨ラーメンも、あるとき東京で豚骨ラーメン店が出店され、東京で受け入れられた事で日本全国へ広まりました。

東京に持ち込まれる事がなければ、地続きに伝わる事しかなかったでしょう。

 

都市は様々なものの集約地点であり、拡散の起点でもあります。

都会で流行ったものは様々な地方で真似をされていく。

真似をされて さらに独自にアレンジされたものが再び都会へ持ち込まれることもあります。

都市とはこのような循環を起こします。

 

19世紀のクラシック音楽は音楽的な大都会だった

キリスト教のグレゴリオ聖歌を出発点とし、クラシック音楽という集落は少しずつ発展していきます。

そして18世紀後半のベートーヴェン登場により、クラシック音楽は大都市と言えるレベルに成長します。

ベートーヴェン以前の音楽家は、基本的に家業のように継がれるものでした。

定食屋の息子が定食屋を継ぐように、音楽家の息子が音楽家を継ぎます。

 

しかし、ベートーヴェン以後の音楽家をみると、

医者の息子ベルリオーズ、銀行家の息子メンデルスゾーン、出版業経営者の息子シューマン。

音楽家の家系ではない人達が音楽家を目指すようになります。

 

クラシック音楽が都会のような存在になったことで、地方の若者が上京するように クラシック音楽に人が集うようになります。

 

地方の要素も取り込んでいく

音楽の都会が存在するのなら、逆に田舎も存在するということです。

19世紀中頃、ヨーロッパで力の弱かった国々では、音楽で存在感を示そうという気運が生まれました。

 

ロシアのリムスキー=コルサコフ、ノルウェーのグリーグ、フィンランドのシベリウス、チェコのスメタナ。

地域の特色を活かした音楽を作った彼らですが、それがヨーロッパ全土で受け入れられ、地域色を活かした音楽もクラシック音楽の一部となります。

都会は各地域の良いところを吸収します。

 

こうしてクラシックは音楽の都会として多様性を極めます。

 

クラシック音楽は古都となる

都市のように成長、発展してきたクラシック音楽ですが、20世紀に入ると進化の方向を見失いだします。

その結果クラシック音楽という都市は、新しいものよりも古いものを名所として押し出すようになります。

 

古い街並みをアピールポイントとする都市、つまりは古都です。

 

古都としての成長、進化

古都とはかつて栄えていた頃の古い姿を残す街。

しかし完全に古いままでは現代人は暮らしていけません。

現代人には電気、ガス、水道、通信、交通機関など様々なインフラが必要です。

 

古い姿を残しつつも現代人に必要なものをそろえなければ、人の営みがなくなり、いずれは廃墟となります。

 

クラシック音楽も同様に古いものの魅力を残しつつ、現代にあわせて変化しなければいけません。

どう集客するか、どう魅力を伝えるか、インターネット技術との融合をどうするのか。

現在クラシック音楽は、古都として どのように進むべきかを模索しています。

 

都市であるがゆえに定義できない

クラシック音楽を定義できない理由は、この「都市」というイメージに当てはめれば理解しやすいものとなります。

 

クラシック音楽はいつからクラシック音楽なのか?

・クラシック音楽が集落として生まれたときなのか(グレゴリオ聖歌成立の9世紀ごろ)

・クラシック音楽がある程度の規模の街となったときなのか(バロック音楽の17世紀ごろ)

・大都市といえるレベルまで成長した時なのか(ベートーヴェンの活躍する18世紀末から19世紀前半)

クラシック音楽の終着地点はどこなのか?

・クラシック音楽が成長、発展のピークを迎えた時なのか(19世紀の中頃から後半)

・ピークを過ぎ 進化の方向を見失い始めた時なのか(20世紀前半ごろ)

・今もなお 古都として息づいているのか(現在)

 

このような考えが音楽学者によって違うために、クラシック音楽に共通の定義を作ることが出来ません。

 

都市で最も大切なのは「人」

クラシック音楽が都市であるならば、その都市は作曲家や演奏家で作られていると感じるかもしれません。

 

しかし作曲家や演奏家は、建物 あるいは建築家のような存在です。

どんなに立派な建造物に溢れていても、「人」がいなければ都市ではなく廃墟です。

都市の本質はそこにいる「人」です。

都市で暮らす「人」、観光で訪れる「人」が都市を息づかせています。

 

クラシック音楽においては「人」とは聴衆です。

クラシック音楽という都市は、聴衆で成り立っているのです。

 

クラシック音楽に新たな風を

クラシック音楽は古きを守ろうとするがゆえに排他的なイメージがあります。

しかし変化が起こらなければ循環がなくなり いずれ滅びます。

 

何も知らずにクラシック音楽に触れるのは勇気のいることかもしれません。

しかし、何も知らないからこそ新たな風を吹き込めます。

古い慣習に縛られずに新しい風を取り入れることが必要です。

 

あなたがクラシック音楽に詳しくないなら、むしろチャンスだと思って飛び込んで頂けたら嬉しいです(^▽^)

クラシック音楽の都市観光へ一歩踏み出してみてください!

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名前:二川 倫
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