クラシック音楽が退屈な理由

クラシック音楽は時として退屈なものの代名詞のように扱われることがあります。

あなたにもクラシック音楽が退屈だと思っていた時期があるのでは?

あるいは今でもそう思っているかも??

 

クラシック音楽が楽しめる人と退屈に感じる人の差はいったい何なのでしょうか?

 

エピソードを知らないものは退屈

例えば子供のころに有名なお寺や神社に連れていかれて退屈な思いをした経験はないでしょうか。

僕は小さいころに有名らしい神社に連れていかれて、とても退屈だったことがあります。

特に面白いものもない神社で大人は何を楽しんでるのだろうと思ったものです。

しかし いざ自分も年をとれば、そういう場所も自然と楽しめるようになっているから不思議です。

 

なぜ年をとって楽しめるようになるのか? その理由として最も大きなものは「エピソード」です。

神社ならば何が祀られているのか、どのような歴史を歩んできたのか。

あるいは知人がその場所に行った時の話など、様々なエピソードを知ることで楽しみ方が増えていきます。

年齢を重ねれば、それだけエピソードに触れる機会も多くなるので、ふと気づくと楽しみ方が分かっていたりするものです。

 

クラシック音楽でもエピソードが重要

クラシック音楽を楽しむ方法も観光と似たところがあります。

楽しむために重要なのは「エピソード」。

 

何もエピソードを知らずに長ったらしい交響曲などを聞いたところで、よくわからない巨大な社寺へ放り出されるようなものです。

作曲家の人生や時代背景、その曲を聞いた知人の感想などを知ることで、そのエピソードと共に音楽を楽しむことができます。

 

しかしクラシック音楽は元々外国の文化ということもあり、自然とエピソードを知る機会は少ない。

そのためにクラシック音楽は能動的にエピソードを調べないと、いつまでたっても退屈なものとなります。

 

まずはエピソードを調べよう

クラシック音楽の楽しみ方がわからない、退屈だと感じる場合にはまずはエピソードから入ってみましょう。

エピソードを知るたびに音楽から感じ取れるものが増えていきます。

エピソードとともにクラシック音楽を楽しんでください(^▽^)/

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